ベンチャー企業 / スタートアップに赤字企業が多い理由
ベンチャー企業やスタートアップに転職を考えている人にとって、「赤字」という言葉は大きな不安材料になる。そもそも企業は黒字が当たり前と思っているかもしれないし、自分が働き始めてから給与の遅配が起こったり、止まったりしても困る。不安を抱えながら働きたい人はいないだろうから当然の感情だろう。
そして、現実的に赤字企業のベンチャー企業やスタートアップは多い。なぜベンチャー企業は赤字を出してまで事業運営するのだろうか。黒字経営をしながらジワジワ売上を高める方法ではダメなのだろうか。
赤字だと美味しい鳥のささみが食べれなくなるニャ?鳥さん捕まえてくるニャ 💦
もこちゃん、会社が赤字でも鳥のささ身はもらえるから安心して 💦
赤字と聞いただけで、もこネコも心配になったようだ。ただ、安心してほしい。
実は、スタートアップやベンチャー企業に赤字が多いのには理由がある。そして、意図的に赤字運営をしている会社も多々ある。わざと赤字の道を選んでいるということだ。その事実を知っておいた方が、スタートアップへの転職はとても気持ちが楽になる。
ベンチャー企業は必ずしも赤字が続くわけではなく、多くの企業が一定の時期に黒字化を達成している。企業の経営において、健全(計画された)赤字と危ない赤字がある。
本記事では、主に「上場前のベンチャー企業 / スタートアップ」に焦点を当て、赤字が多い理由を見ていく。そして、その後の黒字化のタイミングまで解説していく。ベンチャーへの適切な知識を持ち、転職を考える際の不安を払拭するために情報を提供したい。
赤字が多い3つの大きな理由
ベンチャー企業やスタートアップにはいくつか特性がある。その特性をきちんと理解していけば、ベンチャー企業に赤字が多い理由が見えてくる。構造的にわざと赤字にしている会社もあるくらいなので、3つの理由を見ていこう。
ベンチャー企業やスタートアップについて詳細を知りたい人は、「スタートアップ・ベンチャー企業で働く醍醐味を徹底解説!」も併せて参照してほしい。
理由①:早い成長に賭しているため
ベンチャー企業やスタートアップとは、新しいアイデアや技術を持った起業家が立ち上げた、成長段階にある企業の総称だ。革新的な製品やサービスを開発し、創業から数年以内に大規模な拡大を実現することを目指しているのも特徴といえる。
そして、その成長を加速させるために投資を受け入れることも多々ある。新しいアイデアや技術を「種」とするならば、その種を一気に開花させるために資金調達をして成長を加速させようとしているからだ。
今の時代は新しいアイデアや技術は一瞬で模倣されてしまう。せっかく素晴らしいオリジナルのアイデアを思いついても、他社に模倣される前に、競合が一気に参入してくる前にシェアを取らなければならない。
シェアを取るためには、利益をため込まずに再投資を積極に行う。成長を急ぐことが逆に安定に繋がる。サービスやプロダクトの改善はもとより、広告にも多額の費用をかける。利益をため込んでいる余裕はないのだ。
理由②:税制上の赤字繰り越しルールがあるため
大まかに言うと、中小企業には赤字繰り越しに関する税制上のルールがある。「欠損金の繰越控除」という制度で、欠損金(赤字)を繰り越して、来る黒字を出す時期に相殺できるのだ。その制度があるため、来るべき黒字化のタイミングまで赤字を我慢をすることができる。
欠損金の繰越控除は、各事業年度の法人税負担の平準化を図るための制度。事業開始10年以内の生じた欠損金額については、所得金額の50%を限度に損金算入できる。なお、中小企業等については、「所得の全額」まで損金算入できる。
※参照1:財務省資料_欠損金繰越控除制度の概要
※参照2:国税庁資料_青色申告書を提出した事業年度の欠損金の繰越控除
理由③:IPOで大きな回収を考えているため
多くのベンチャー企業やスタートアップはIPO(株式公開)を視野に入れている。
IPO(株式公開)まで辿り着ければ、企業は多くの資本を調達でき、高い知名度や信用力を得ることができる。新たな資本と知名度や信用力を使うことで、その後の経営が一気に楽になる。
資金調達額=公募価格×公開株数という計算式なのだが、IPOを通じて数億~数十億円の資本調達がなされる。それが事業の資金に回すことができるため、IPOは魅力的なのだ。
IPOをしたら自動的に黒字化するわけではないのだが、IPOのメリットは大きくほとんどのベンチャー企業はそれを狙っている。IPOまで我慢をすれば、魅力的な見返りが待っているため、IPOまではなんとしてでも会社を急成長させようという動機が働くのだ。
ベンチャー企業の黒字化のステップ
ここまで、ベンチャー企業・スタートアップには赤字でも事業運営を突っ走る動機があるという話をして来た。しかしながら、ベンチャー企業・スタートアップもずっと赤字を良しとしているわけではない。むしろ、ずっと黒字化を目指して経営をしている。
ここからは、ベンチャー企業がどういうタイミングで、どういうステップを経て黒字化していくのか、その流れを見てみよう。
資金調達ラウンドと並行して見る
ベンチャー企業やスタートアップの黒字化のステップは資金調達のラウンドとセットで考えると良い。資金調達ラウンドどは資金調達の段階のことを指す。
- 初期段階(シードステージ)
シード=初めての資金調達。アイデアの検証とプロダクト開発。この段階では、収益はほとんど期待できない。 - 成長段階(シリーズA・B):
A=2回目、B=3回目の資金調達。市場拡大とユーザー獲得。広告やマーケティングに多額の投資が行われるため、赤字が続くことが多い。 - 拡大段階(シリーズC以降):
C=4回目の資金調達。収益モデルの確立とコスト削減。ここで初めて黒字化を目指すことが一般的である。
厳密には、シリーズは資金調達の回数のことではないのだが、わざと分かりやすく回数で表記してみた。
そして、「拡大段階」であるシリーズC以降の資金調達時期が黒字化を狙うタイミングとしては多いだろう。シードステージ(種=芽が出る前の状態)で事業アイデアや技術を形にして、シリーズA・Bで広告をかけて認知を高め、シリーズC以降で拡大段階で一気に利益を取りに行くイメージだ。
本当にザ・ベンチャー企業でハラハラドキドキを楽しみたい場合は、シードステージから入社すると良いだろう。一定の安定求めつつ、ベンチャー / スタートアップの雰囲気も味わいたい場合は、シリーズC以降での転職も良いのかもしれない。
詳細は、スタートアップ・ベンチャー企業で働く醍醐味を徹底解説!の「資金調達のラウンド」で解説しているので確認してほしい。
ベンチャー企業の黒字化の鍵
ベンチャー / スタートアップが黒字化できるか、成長するかどうかの見極めは、その道のプロであっても難しい。我々はその道のプロではない。しかし、間違ってでも良いから自分の頭でその企業が伸びるか考えないといけない。転職をする場合は自らの人生がかかっているからだ。
もちろんだ。自分で調べて考えた候補者は目の輝きが違うからな。会うのが楽しみだ。
そうね、自分で考えてくる候補者はだいたい内定出ているわ。社長も役員もそういう人たちには甘いのよね。
HPやインターネットを通じて情報を収集し、面接で色々な情報をヒアリングし、自分なりにその会社で働く選択をしていいのか考えて欲しい。そのためのベンチャー企業やスタートアップを見極める視点を考察したい。
- ビジネスモデルに魅力を感じるか:
素人なりでも良いので、自分の目でそのサービスが魅力的なのか、ニーズがありそうなのか考えよう。競合企業と比べて、どこか勝てそうなところはありそうなのか。世間の人や企業からニーズはありそうなのか。 - 広告が魅力的かどうか:
広告に有名な芸能人を起用しているかどうかを見るのではない。動画広告やLP(ランディングページ)やサービスサイトを見て、自分の目で見て魅力的かどうか見てみよう。サービスが優れいてるだけではだめで、売り方も上手な会社の方が間違いなく伸びるだろう。 - 会社に勢いを感じるか:
面接の場などでしか確かめる術はないとは思うが、その会社に勢いがありそうか確認しよう。伸びている企業は、面接官や社員の人が、自社のことを目を輝かせながら語ってくれるはずだ。話しぶりに根拠があろうとなかろうと、堂々と落ち着いて会社のことを語ってくれるはずだ。
上記3点の確認ポイントは、世の中の経営コンサルやベンチャーキャピタルの人たちが語るそれとはまるで異なっていると思う。
教科書通りいけば、市場規模や競合調査、あるいは、財務状況などおよそ普通の人には難解な判断基準を見極めポイントとして推奨するだろう。けれども、実際、財務データは我々では見ることはできないし、見れたところで判断は難しい。
それであれば、自分が見れる情報で、自分たちでも見れる範囲でその会社の魅力について考えてみれば良い。自分なりの視点でその会社の魅力や不安点を探してみよう。自分の意思で選択するということが大事なのだ。
赤字から黒字化への実際のケーススタディ
ここからは、世の中で成功したとされているベンチャー企業の実際の黒字化までの軌跡を見てみよう。メルカリ、Sansan、マネーフォワードの3社を取り上げてみたい。
各社の時価総額は2024年6月末時点で、メルカリ(3,271億円)、Sansan(2,177億円)、マネーフォワード(2,948億円)となっていて、規模的にもちょうどいい比較になるのではと思っている。
自分たちが知っている会社でも赤字の時期があったんだと知ることで、企業を見る目が少しでも変わってくれたらと思う。ベンチャー企業は夢が詰まっている。一見すると華々しいが、無事花開くまでは大変だ。それでも、計画通りに事業が進んだ場合は、本当に大きな成功を収めている。
ケーススタディ:メルカリ
さて、誰もが知っているであろうフリマアプリを手掛けるメルカリについて取り上げたい。実際にメルカリを使っているユーザーもきっと多いだろう。2022年時点で月間利用者数は2,200万人を超えている。日本人の6人に1人が使っている計算で、信じられないくらいのシェアを持ったサービスだ。
メルカリの歴史を少し遡ると、同社は2013年2月1日に設立されている。そして、2018年6月19日に、当時の東京証券取引所マザーズへ新規上場し現在はプライム市場に上場している。公式的には2021年に初めて黒字化をしている。黒字化まで約8年の期間を赤字運営していたわけだ。
会計年度 | 売上高 | 前年比 | 営業利益 | 前年比 |
---|---|---|---|---|
2015年6月期 | 4,237百万円 | --- | -2,255百万円 | --- |
2016年6月期 | 12,256百万円 | +189.2% | -42百万円 | --- |
2017年6月期 | 22,071百万円 | +80.1% | -2,775百万円 | --- |
2018年6月期 | 35,765百万円 | +62.0% | -4,422百万円 | --- |
2019年6月期 | 51,683百万円 | +44.5% | -12,149百万円 | --- |
2020年6月期 | 76,275百万円 | +47.5% | -19,308百万円 | --- |
2021年6月期 | 106,115百万円 | +39.1% | 5,184百万円 | --- |
※2017-2021年の決算情報はメルカリ社の公式IR資料、2015-2016年の決算情報は有価証券届出書(新規公開時)からデータを参照。
2015年から黒字化を達成した2021年まで決算情報を並べて見た。設立から3年目の2015年に既に売上が42億円もあるのがそもそも驚きだ。そこから、2020年頃まで毎年40%以上の右肩上がりの成長を遂げ、2021年には売上1,000億円を超え、見事に黒字化を果たしている。
ただ、メルカリは上場前から既に国内のメルカリ事業だけ見れば黒字だった。それをメルペイやUSメルカリなどの新規事業へ積極投資をしたり、広告投資に多額の予算を割いてきたため、赤字となっていた。いわゆる戦略的に赤字経営をしてきたわけだ。
ここで学んでほしいのは、一見すると赤字でも柱となる事業が既に黒字のケースもあるということだ。
メルカリは上場前から非常に有名な企業だったので、他のベンチャー企業と比べて会社の将来について心配をしていた人はほとんどいなかったかもしれない。それでも、冷静に数値を並べて見ると、当時のメルカリ黒字化のドラマが見てとれる。
もし細かく見てみたい場合は、メルカリが開示している2021年6月期の決算説明資料を読んでみてほしい。メルカリほどの知名度ある企業は顔の資料を読むだけでもとても勉強になる。
ケーススタディ:Sansan
次は、Sansan社について見てみたい。同社は法人向け及び個人向けの名刺管理サービスを提供しているので知っている人は多いだろう。法人向けの営業DXサービス「Sansan」では業界シェアの82.4%を占め、11年連続となるシェアNo.1を獲得している。
また、名刺管理システムだけではない。Bill oneというあらゆる請求書をオンラインで受け取り、企業全体の請求書業務を加速する請求書システムやその他にもいくつものサービスを展開している。
設立はSaas系企業の中では案外と古く、2007年11月。そこから、上場は2019年の5月で設立から11年と少しかかっている。本格的に黒字化しているのは2020年からで、黒字化安定までに約12年の時間を要している格好だ。
会計年度 | 売上高 | 前年比 | 営業利益 | 前年比 |
---|---|---|---|---|
2017年05月期 | 4,834百万円 | --- | -657百万円 | --- |
2018年05月期 | 7,324百万円 | +58.4% | -3,061百万円 | --- |
2019年05月期 | 10,206百万円 | +55.8% | -849百万円 | --- |
2020年05月期 | 13,362百万円 | +58.1% | +757百万円 | --- |
2021年05月期 | 16,184百万円 | +38.1% | +736百万円 | --- |
2022年05月期 | 20,420百万円 | +37.3% | +631百万円 | --- |
2023年05月期 | 25,510百万円 | +41.5% | +199百万円 | --- |
ちなみに、黒字化する1年前の2019年通期の決算説明資料を見てみたが、少なくとも2018年時点ではSansan事業は黒字になっていた。Eightなどの新規事業で赤字が出ているだけで、攻めの事業運営をしているための赤字であったことが分かる。
Sansanもメルカリと同じように一見すると赤字でも、柱となる事業は上場数年前には既に黒字になっていた。
尚、Sansanは2018年にシリーズEで約30億円の資本調達をしていた。当記事の資金調達ラウンドの所で、「拡大段階」であるシリーズC以降の資金調達時期が黒字化を狙うタイミングとしては多いだろうと記載したが、Sansanに関しては当てはまっていたと言えるだろう。
当てはまらない事例もあると思うが、シリーズC以降の資金調達をしている企業は、黒字化の可能性が高いと思って良いのではないかと思う。
ケーススタディ:マネーフォワード
次は、マネーフォワード社について見てみたい。同社についてはご存じだろうか?東証プライムに上場し、営業利益や経常利益は赤字決算だが2024年の6月後半時点では時価総額が約3,000億円近く高い評価を受けている大企業だ。
「お金を前へ。人生をもっと前へ。」をミッションに掲げ、個人向けサービスとしては、家計資産ツールの「マネーフォワード ME」が有名だ。銀行やカードの残高をまとめて見える化できる便利なアプリを作っている。
一方で、法人・個人事業主向けサービスとして、「マネーフォワード クラウドシリーズ」として、「クラウド会計」、「クラウド請求書」、「クラウド給与」、などの事業者向けSaaS型サービスプラットフォームや提供している。
同社の設立は2012年5月18日、上場は2017年9月29日に果たしている。7年と少しでIPOまでたどり着いている。
会計年度 | 売上高 | 前年比 | EBITDA | 前年比 |
---|---|---|---|---|
2017年11月期 | 2,899百万円 | --- | -781百万円 | --- |
2018年11月期 | 4,594百万円 | +58.4% | -653百万円 | --- |
2019年11月期 | 7,156百万円 | +55.8% | -2,180百万円 | --- |
2020年11月期 | 11,318百万円 | +58.1% | -2,164百万円 | --- |
2021年11月期 | 15,632百万円 | +38.1% | +429百万円 | --- |
2022年11月期 | 21,477百万円 | +37.3% | -6,029百万円 | --- |
2023年11月期 | 30,380百万円 | +41.5% | -2,260百万円 | --- |
※決算情報はマネフォワード社の公式IRより参照。
マネーフォワード社に関しては、決算上ではまだ経常損失を出し赤字の状態だ。毎年、売上高を40%近く上げてきており、破竹の勢いで成長はしているはまだ黒字化までは至っていない。
ただし、RBITDAでは2021年に黒字を達成している。上記の表には記載していないが、2024年11月期の第1四半期においてもEBITDAは黒字になっている。
EBITDAとは聞きなれない用語かもしれないが、企業の評価で実質的な利益を判定しやすくするための指標のひとつだ。M&Aを積極的に行う企業や多国間取引を行うグローバル企業の決算ではよく見られる。内訳はざっくり表すと、「営業利益+減価償却費」という計算式。減価償却費を含んでいるのでそこでの利益を差し引かず、実質的な利益が算出できる。
営業利益や経常利益は赤字決算だが、時価総額が3,000億円近くの評価が出ているのはこのあたりに理由がある。毎年、40%近い成長を遂げ、EBITDAベースでは黒字化を既にしているからだ。
ケーススタディから見えること
メルカリ、Sansan、マネーフォワード3社のケーススタディをここまで見てきた。
メルカリは黒字までに約8年、Sansanは約11年、マネーフォワードはEBITDAベースだが約9年かかっている。正確には、新規事業や多額の広告費などを除けば黒字化しており、経営者的にはいつでももっと早くに黒字化はできたのだろう。それでも、単体の事業で見ても本格的な黒字まで4,5年はかかっているのではないだろうか。
ベンチャー企業はアイデアや新しい技術を持っていて、それを形にして事業化する。それが拡大し花開くまではやはり5-10年近くは見るべきだろう。ただ、それがうまく軌道に乗った場合は、信じられないほどに高い評価を得て、優良企業に生まれ変わる。
いたずらにベンチャーだから危ないとか不安だといった思い込みを捨てて、ベンチャーは構造的に赤字で勝負している時もあるのだと思ってくれると嬉しい。
スタートアップやベンチャー企業への転職は、スキルアップやキャリア形成において非常に有益な面は多い。決して怖がる必要はない。企業の成長ポテンシャルや自分のキャリア目標を見極めながら、積極的に挑戦することが成功への鍵である。